松下浩二の使用用具・戦術・経歴まとめ【日本初のプロ卓球選手】

松下浩二さんは、全日本選手権シングルスで4度優勝し、オリンピックに4大会連続で出場した日本を代表するカットマンです。1993年に日本初のプロ卓球選手となり、引退後は卓球メーカーVICTASの社長、Tリーグ初代チェアマンを歴任。自身の名前を冠したカット用ラケット「松下浩二」シリーズは、今も多くのカットマンに使われています。この記事では、松下浩二さんの経歴・使用用具・技術・戦術・戦績、そして「松下浩二」ラケット各モデルの違いを一次情報をもとに解説します。

カットマンの用具を調べていると、必ずと言っていいほど目にするのが「松下浩二」の名前です。VICTASの「松下浩二」シリーズには、スタンダードモデルのほかにオフェンシブ・ディフェンシブ・スペシャル・ZCがあり、ドイツのハン・イン選手や日本の若手カットマンも使っています。

選手としては、日本人初のプロ選手として国内外で戦い、ドイツ・ブンデスリーガの名門ボルシア・デュッセルドルフではヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝も経験しました。2009年に引退したあとも、経営者として卓球界の中心に立ち続けています。

松下浩二はこんな選手!

  • プロフィール:1967年生まれ、愛知県豊橋市出身のカットマン。全日本シングルス4回優勝、五輪4大会連続出場
  • 経歴:1993年に日本初のプロ卓球選手に。ドイツ・フランスのリーグでも戦い、2009年に引退
  • 用具:現役時代は「松下プロモデル」と粒高。現在はVICTASの「松下浩二」シリーズを開発
  • 技術:カットでチャンスをうかがい、隙があれば攻撃に転じる
  • 戦術:守るだけの従来型とは違う、攻撃も組み込んだカットマン
  • その他:VICTAS代表取締役社長、Tリーグ初代チェアマン(現アンバサダー)
目次

松下浩二のプロフィール

公式Instagram(@kojitt0828)でも本人の投稿を見ることができます。

プレーは、松下浩二さんのチャンネル「まつしたこうじの今夜もカットマン」の動画で見ることができます。

基本情報

項目内容
名前松下 浩二(まつした こうじ)/Koji Matsushita
生年月日1967年8月28日(59歳 ※2026年9月時点)
出身地愛知県豊橋市
身長171cm
戦型カット主戦型
世界ランキング自己最高17位
出身校桜丘高校→明治大学→早稲田大学大学院(修士)
現在株式会社VICTAS 代表取締役社長、Tリーグアンバサダー

双子の弟・松下雄二さんも卓球選手で、2人は小学3年生のときに一緒に卓球を始めました。

主な実績

  • 全日本選手権 男子シングルス優勝 4回(1993・1995・2001・2002年)
  • 全日本選手権 男子ダブルス優勝 7回
  • 1997年 世界選手権(マンチェスター) 男子ダブルス3位(渋谷浩選手とペア)
  • 2000年 世界選手権(クアラルンプール) 男子団体3位
  • オリンピック4大会連続出場(1992バルセロナ・1996アトランタ・2000シドニー・2004アテネ)

詳しい戦績は後述しています。

松下浩二の経歴

双子の弟と始めた卓球、日本初のプロへ

松下さんは愛知県豊橋市の出身。小学3年生のとき、双子の弟・雄二さんと一緒に卓球を始めました。桜丘高校から明治大学に進み、実業団の協和発酵に入社。1992年にはバルセロナ五輪に出場しています。

1993年に日産自動車に移り、同年4月、日本で初めての「レジスタード・プロ」の選手になりました。実業団の社員として卓球をするのが当たり前だった時代に、卓球で生計を立てるプロ選手の道を切り開いたことになります。その年の12月には全日本選手権で初優勝を果たしました。

ヨーロッパでの挑戦

1997年からはドイツ・ブンデスリーガに活躍の場を広げます。2部のプリューダーハウゼンを経て、名門ボルシア・デュッセルドルフで1999-2000シーズンのヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝を経験。2000-01シーズンはフランスリーグのセスタスでプレーしました。

2001年には自らの会社「チームマツシタ」を設立。2001年・2002年には全日本選手権で連覇を果たし、2004年のアテネ五輪まで4大会連続でオリンピックに出場しました。2009年1月の全日本選手権を最後に現役を引退しています。

経歴年表

1967年8月
愛知県豊橋市に生まれる
小学3年
双子の弟・雄二さんと卓球を始める
高校3年
インターハイのあとにバックを裏ソフトから粒高に替える
大学
明治大学に進学
大学卒業後
実業団の協和発酵に入社
1992年
バルセロナ五輪に出場
1993年4月
日産自動車に移り、日本初のレジスタード・プロ選手に
1993年12月
全日本選手権 男子シングルス初優勝
1996年
アトランタ五輪 男子ダブルス ベスト8
1997年
世界選手権 男子ダブルス3位(渋谷浩選手とペア)。ドイツ・ブンデスリーガに参戦
1999-2000シーズン
ボルシア・デュッセルドルフでヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝
2000年
世界選手権 男子団体3位、シドニー五輪出場
2001年
「チームマツシタ」を設立。全日本選手権で3度目の優勝
2002年
全日本選手権で4度目の優勝
2004年
アテネ五輪に出場(4大会連続)
2009年1月
全日本選手権を最後に現役引退
2010年1月
ヤマト卓球(現VICTAS)代表取締役社長に就任
2018年7月
Tリーグ初代チェアマンに就任
2020年
Tリーグチェアマンを退任してアンバサダーに。10月にVICTAS社長に復帰
2023年9月
VICTASの全株式を譲り受ける

松下浩二の使用用具(ラケット・ラバー)

種類用具名仕様
ラケット
松下プロモデル(タマス)
1993年の全日本初優勝後に製作
フォアラバー
タキファイア・DRIVE(タマス)タキファイア・DRIVE(タマス)
裏ソフト・皮付きスポンジ
バックラバー
粒高
―

※現役時代の用具。

ラケット|松下プロモデル

1993年12月に全日本選手権で初優勝したあと、タマス(バタフライ)が製作したのが「松下プロモデル」です。素材は、それまで使っていた「カトラス」と同じで、弾みを調整しています。グリップを短くしたのは、同じカットマンの高島規郎さんの助言によるもので、手首を使いやすくするためでした。

1994年から引退までの15年間、わずか2本のラケットで戦い抜いたといいます。調子が悪くても用具を替えず、試合に負けても用具のせいにはしない、というのが松下さんの考えでした。

この「松下プロモデル」は、後に御内健太郎選手もバタフライの特注品として使っていました。

フォアラバー|タキファイア・DRIVE

フォアは「タキネス・DRIVE」から「タキファイア・DRIVE」に替え、常にスポンジの表面に皮が付いたものを選んでいました。

バックラバー|粒高

高校3年生のインターハイまでは両面裏ソフトでしたが、その後バックを粒高に替えています。

用具の変遷

ラケット

  • 現役時代(1994年〜引退):松下プロモデル(タマス)
  • 過去:ヤナギ(小学生)→ディフェンス(タマス、カット専用)→カトラス(タマス)→カトラス特注改良版(1993年)

フォアラバー

  • 現役時代:タキファイア・DRIVE(皮付きスポンジ)
  • 過去:タキネス・DRIVE

バックラバー

  • 現役時代:粒高(高校3年のインターハイ後〜)
  • 過去:裏ソフト(〜高校3年)

VICTAS「松下浩二」シリーズ5モデルの違い

松下さんが開発に携わったVICTASのカット用ラケット「松下浩二」シリーズは、現在5モデルあります。

モデル合板構成板厚重量特徴
木材5枚5.4mm87g前後カットの変化とコントロールにすぐれ、攻撃時は合板の特性で弾む。グリップはシリーズで最も細い
表面マホガニ材6.0mm93g前後シリーズで最も厚く重い。攻撃時のボールの威力を重視
表面シルバーハート材5.0mm84g前後シリーズで最も薄く軽い。柔らかい打球感で、当てれば入るような安定性
木材5枚+フリースカーボン2枚5.6mm90g前後特殊素材で広いスイートスポット。攻撃重視の近代カットマン向け
木材5枚+Zカーボン2枚5.8mm87g前後カットは安定した軌道、攻撃は威力。攻撃力も求められる現代のカットマン向け

※VICTAS公式サイト・卓球ナビの情報より。ブレードサイズは「松下浩二」「松下浩二ZC」とも165×155mmです。

VICTASは、カット主体で粘りたい選手や初心者にはディフェンシブ、攻撃で得点を狙いたい選手にはオフェンシブ、攻撃重視の近代的なカットマンにはスペシャル、と各モデルを紹介しています。

「松下浩二」ラケットを使う選手たち

「松下浩二」シリーズは、国内外のカットマンに使われています。CHOPPERSの選手データベースの中だけでも、次の選手が使っています。

  • ハン・イン選手(ドイツ):松下浩二
  • 平塚健友選手:松下浩二ZC
  • 岡田蒼空選手:松下浩二ディフェンシブ
  • 山室早矢選手:以前は松下浩二ディフェンシブ
  • 武楊(Wu Yang)選手(中国):松下浩二とされる

このほか、小塩遥菜選手、相馬夢乃選手らも使っているとされています。

松下浩二の技術|サービス・ツッツキ・カット・攻撃

松下さんのプレーは、カットで守りながら常に攻撃のチャンスをうかがう、それまでのカットマン像とは違うスタイルでした。

カット

グリップを短くした「松下プロモデル」で、手首を使いやすくして回転や変化をつけていました。

攻撃

カットの中からチャンスを見つけ、隙があれば攻撃を仕掛けます。守り一辺倒だった従来のカットマンとは違い、攻撃を積極的に組み込んでいたのが松下さんの特徴です。

松下浩二の戦術

基本的なプレースタイル

カットでラリーを続けながらチャンスをうかがい、隙があれば攻撃に転じるスタイルです。守りに徹するのではなく、攻撃まで含めてカットマンの戦い方を組み立てていました。

松下浩二の戦績

全日本4冠、五輪4大会連続出場

  • 1993年:全日本選手権 男子シングルス初優勝(日本初のプロ選手になった年)
  • 1997年:世界選手権(マンチェスター) 男子ダブルス3位(渋谷浩選手とペア)
  • 1999-2000シーズン:ボルシア・デュッセルドルフでヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝
  • 2000年:世界選手権(クアラルンプール) 男子団体3位
  • 2002年:全日本選手権 男子シングルス4度目の優勝
  • 2004年:アテネ五輪出場(4大会連続)

詳しい戦績

国際大会

年大会種目成績
1992年バルセロナ五輪―出場
1996年アトランタ五輪男子シングルス/男子ダブルスベスト16/ベスト8
1997年世界選手権(マンチェスター)男子ダブルス3位(渋谷浩)
2000年世界選手権(クアラルンプール)男子団体3位
2000年シドニー五輪男子シングルスベスト16
2004年アテネ五輪―出場

国内大会

年大会種目成績
1987年全日本選手権男子ダブルス優勝(渋谷浩)
1989年全日本選手権男子ダブルス優勝
1990年全日本選手権男子ダブルス優勝
1992年全日本選手権男子ダブルス優勝
1993年全日本選手権男子シングルス優勝
1995年全日本選手権男子シングルス/男子ダブルス優勝/優勝
1999年全日本選手権男子ダブルス優勝
2001年全日本選手権男子シングルス/男子ダブルス優勝/優勝
2002年全日本選手権男子シングルス優勝

海外リーグ

シーズンチーム主な出来事
1997年〜プリューダーハウゼン(ドイツ2部)ブンデスリーガ参戦
1999-2000ボルシア・デュッセルドルフ(ドイツ1部)ヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝
2000-01セスタス(フランス)―

世界ランキング

  • 自己最高:17位

全日本選手権の試合結果

国内大会

全日本選手権2009年1月

  • 5回戦敗上田仁青森山田高(青森)3-45-11, 11-8, 8-11, 14-12, 11-9, 2-11, 8-11
  • 4回戦勝田中雄仁東京アート(東京)4-19-11, 11-6, 11-8, 11-9, 11-3

全日本選手権2008年1月

  • 5回戦敗渡辺将人シチズンホールディング(東京)0-45-11, 9-11, 6-11, 8-11
  • 4回戦勝松平賢二青森山田高(青森)4-111-8, 11-9, 3-11, 14-12, 11-9

全日本選手権2007年1月

  • 5回戦敗坪口道和青森大(青森)1-48-11, 10-12, 6-11, 11-6, 6-11
  • 4回戦勝松山満明治大(東京)4-014-12, 11-8, 11-3, 11-5

全日本選手権2006年1月

  • 準決勝勝坂本竜介青森大(青森)4-012-10, 11-8, 11-4, 11-8
  • 準々決勝勝水谷隼青森山田高(青森)4-012-10, 11-7, 11-6, 11-3
  • 6回戦勝高志亮日産自動車(神奈川)4-17-11, 11-4, 11-7, 11-6, 11-9
  • 5回戦勝高木和健一青森大(青森)4-111-5, 6-11, 11-9, 11-7, 11-9
  • 4回戦勝田原直昌びわこ銀行(滋賀)4-011-8, 11-5, 11-4, 12-10
  • 決勝戦敗吉田海偉日産自動車(神奈川)2-411-2, 12-14, 9-11, 11-9, 5-11, 5-11

全日本選手権2005年1月

  • 6回戦敗吉田海偉日産自動車(神奈川)1-48-11, 7-11, 12-10, 9-11, 9-11
  • 5回戦勝下山隆敬早稲田大(東京)4-114-12, 11-4, 7-11, 11-4, 11-8
  • 4回戦勝並木佑介シチズン時計(東京)4-212-14, 10-12, 11-8, 11-7, 11-6, 11-8

男子シングルスの結果(新しい順)。2026年10月18日時点。

松下浩二のその他の活躍

ダブルスでの活躍

同い年のカットマン・渋谷浩さんとは、全日本選手権の男子ダブルスで何度も優勝し、1997年の世界選手権では男子ダブルスで銅メダルを獲得しました。カットマン同士のペアで世界の表彰台に立った、日本卓球史に残るペアです。

経営者としての活躍

2010年1月、卓球メーカーのヤマト卓球(現VICTAS)の代表取締役社長に就任。2017年に会長となり、同年から日本初の卓球プロリーグ「Tリーグ」の立ち上げに携わって、2018年7月に初代チェアマンに就任しました。2020年7月にチェアマンを退任してアンバサダーとなり、同年10月にVICTASの社長に復帰。2023年9月には、VICTASの全株式を譲り受けています。

発信・地域での活動

YouTubeチャンネル「まつしたこうじの今夜もカットマン」で卓球の魅力を発信しているほか、地元・豊橋市の「ふるさと大使」、東大阪市の「スポーツみらいアンバサダー」も務めています。

まとめ

  • 松下浩二さんは、1967年生まれ・愛知県豊橋市出身のカットマン。全日本シングルス4回優勝、五輪4大会連続出場
  • 1993年に日本初のプロ卓球選手となり、ドイツ・フランスのリーグでも活躍
  • 現役時代は「松下プロモデル」+タキファイア・DRIVE+粒高。15年間で2本のラケットしか使わなかった
  • VICTAS「松下浩二」シリーズは、スタンダード・オフェンシブ・ディフェンシブ・スペシャル・ZCの5モデル
  • 引退後はVICTAS社長、Tリーグ初代チェアマンとして卓球界をけん引

カットで守りながら攻める。松下さんが示したカットマンのスタイルは、自身の名前を冠したラケットとともに、今のカットマンたちに受け継がれています。

この記事を書いた人

チョッピー(Choppy)
カットマン歴15年以上。中学で卓球を始め、高校でカットマンに転向し、大学で練習を重ね、社会人の今もカットマンを続けています。

カットマンに関する情報は限定的で、指導者や知り合いから教えてもらうことがほとんど。暗黙知になりがちなカットマンの情報を共有知に変え、カットマン界を盛り上げたい。カットマン人口を増やしたい。そんな思いでこのサイトを作りました。

運営者チョッピーのプロフィールとサイトについて

参考・出典

※この記事の情報は2026年9月26日時点のものです。

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